孤宿の人 (宮部みゆき)と記憶

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深い底まで沈んだ後で、這い上がっての現在?
何事も中途半端はダメなのではないか?
時々夢にまで見たりしているから、時間はかかるかも知れない。
まあ、人生なんてそんなものだから、仕方がないか、今までが勘違いだったんだから。

とにかく、悪い頭がこれ以上悪くならないように努力だけはしていかなきゃ。

そんな時に、親しい人から「弧宿の人」読んで下さい。深く心に残る作品ですよ」とメールがあった。
メールがあったその日に仕事帰りにその本を購入。見ると著者は「宮部みゆき」である。
彼女の作品は殆ど読んでいるはず。新作なのかなと思いながら読み始める、途中までは。

しかし、江戸から元幕府要人の丸海藩への島流し、不幸な主人公の”ほう”も加賀殿の登場で、あ、これは?読んだことがあるな、
とある場面を想像する。完全に思い出していないので、必ずその場面が出てくるのでは?との期待を持ちながら読み進める。

しかし、一回読んでいるにも関わらず、著者が宮部みゆきだとは知らなかった。

ある場面以外は全く初めてと言っていいほど内容は覚えていない。

昔読んだことがある本を、知らないで読むことは結構ある。でも読み進んでいくうちに、内容やら登場人物なども、薄い記憶であっても少しづつ思い出していくものであるが、今回は最後がどうなるかまで思い出せなかった。
年齢が年齢だから、途切れ途切れの記憶のありようが認知症的なものではないかと心配になってきた。

勧めてくれた人の言った通り、最後は感涙、号泣に近いぐらいだったが、
こんなに感動するものをどうして覚えていなかったのか?

初めて読んだ時の状況にもよるが、大体いつ頃だったのかも記憶にない。

ある時期は手あたり次第に読んだ。多くは図書館から借りてだったから、日を置かないで次から次へだったのでそのせいかもしれない。
余韻も何も「さあ、次!」だったのだ。

児玉清の読後感想文を読んだが、覚醒した今の自分の感想は的外れと思う。その感想は勧めてくれた友人と語らおうと思っている。

ただ、読み終えた後の爽やかさ、穢れを洗い流してもらったような清々しさを、
今の私だからこそ、いや読んだ後は誰もが感じると思う。

昨日読み終えてよかった。また新たな人生の一歩を踏み出せるような気がしている。
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頑張ってOUTPUTをしているが、しかし、読めない漢字は多いわ、理解力もないわで通常よりは時間がかかったのは確か。
それでも火曜日~金曜日の夜終了。久々何もかも忘れさせてくれた。いい時間だった。数的な能力やコミュニケーション力と共に読書も想像力や理解力と頭を使うのですよ。ここ数年読書量は落ちてしまっていたので馬鹿に拍車がかかったんでしょう。

次の読書へは少し間をおきましょう。
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「弧宿の人」
上巻
北は瀬戸内海に面し、南は山々に囲まれた讃岐国・丸海藩。
江戸から金毘羅代参に連れ出さられた九歳のほうは、この地に捨て子同然置き去りにされた。
幸いにも藩医を勤める井上家に引き取られるが、今度はほうの面倒を見てくれた井上家のこと絵が毒殺されてしまう。
折しも、流罪となった幕府要人・加賀殿が丸海藩へ入領しようとしていた。
やがて領内では、不審な毒死や謎めいた凶事が相次いだ。

下巻
加賀様は悪霊だ。丸海に災厄を運んでくる。妻子と側近を惨殺した咎で涸滝に下女として入ったほうは、頑なに心を閉ざす
加賀殿といつしか気持ちを通わせていく。水面下では、藩の存亡を賭した秘策が粛々と進んでいた。
著者の時代小説最高峰、感涙の傑作。























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by kkagayaki2 | 2016-06-04 11:44 | 読書 | Trackback | Comments(0)