我々の心を熱くする名演説

我々の心を熱くする名演説

  桜井氏の演説には、日本人の心を熱くする愛国心が溢れている。駅前などで偶然、彼の演説を聴いた国民は、最初は「何言ってるの?」と怪訝な顔をしているが、よくよく聞けば常識論だということが判る。

テレビ番組でいつも日本人が朝鮮人や支那人に対して酷いことをしたと聞かされている民衆は、正反対の意見を述べる桜井氏に唖然とするだろう。しかし、彼の発言を聞いているうちに、不思議と納得してしまうのだ。

テレビ局が垂れ流す歴史は嘘っぱちで、事実は反対であることが分かるから、茫然と聞いている国民は次第に「桜井いいぞ ! その通り。マスコミはおかしいぞ !」と応援し始める。

日本人には真実を受け容れる良心がまだ残っているのだ。ドイツでもまだ愛国心は生きている。フラウケ・ペトリーはイスラム化するドイツを嘆いていた。彼女は「ドイツ人、とりわけ政治家は、いつも自らのアイデンティテイーについて謝罪しているのよ」と述べていた。ナチスの亡霊に今でも苛まれているドイツ人は、ドイツ人であるという誇りを公言できない。「人権」や「迫害」を楯にドイツに流れ込むシリア難民など傲慢な居候に過ぎない。彼らには、どうして遠方のドイツにやって来るのか、という疑問に対する正当な理由などあるまい。ただ、ドイツが豊かだから押し寄せただけである。こんな連中なら機関銃で追い払ってもいいはずなのに、前科者のドイツ人には出来ない。だから、

その不条理を打破してくれる“極右”政党「ドイツの為の選択肢」が歓迎されるのだ。「極右」と呼ばれているが、そんなのは「極左」のマスコミが押し附けた誹謗中傷である。頭から爪先まで、くるくるパーで左巻きのジャーナリストには、良識派でも極右に見えてしまうのだろう。

日本のマスコミも同じで、桜井氏を「極右」候補と見なしている。彼らの眼鏡は真っ赤に染まっているのだろう。

  テレビ局や新聞社はなぜ桜井氏を無視するのか? 答えは簡単。テレビで紹介したり、新聞記事で特集を組めば、桜井氏の人気が急上昇してしまうからだ。視聴者や読者を無知蒙昧にしておきたいマスコミは、余計な智慧を大衆に授けたくない。特に、洗脳が不充分な若者には、絶対桜井氏の主張を届けてはならないと考えている。朝日新聞を40年ないし50年も愛読しているようなボケ老人ならいいが、新聞を購読していない携帯世代の若者は、桜井氏の見解を受け容れてしまう素地がある。

昔は、朝日新聞はインテリ用の高級紙と思っていた間抜けな教師や銀行員、裁判官、経営者、公務員などがいたけど、朝日の威光を知らない世代は、朝鮮人や支那人に対して卑屈な罪悪感を持っていない。だからこそ、朝日新聞やTBS、NHKなどのマスコミはこぞって桜井氏を「泡沫候補」に指定して、静かに抹殺したいと思っている。桜井氏を激しく非難すると却って世間の注目を引いてしまい、彼の主張が世間の目に触れるから、藪蛇にならぬよう「その他大勢の立候補者」の中に混ぜて黙殺したいのだ。したがって、今のところマスコミの敵は、コントロールの利かないユーチューブといった動画配信サイトである。

誰でも気軽に無料で視聴できる動画サイトは、メディアを牛耳ってきたテレビ局や新聞社にとって最大の脅威だ。進歩的文化人によって洗脳された高齢者が他界すれば、左翼マスコミの天下が崩れるのは時間の問題だろう。

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(左: 新宿駅での演説 / 右: 池袋駅での演説)

  現実的に考えれば、トップを走る小池百合子が当選するだろう。いくらテレビ局が鳥越俊太郎を応援しても、討論会には出席しないし、支持者が語ってもらいたい「介護離職」や「保育施設」すら理解していないんだから、当選なんか夢のまた夢だろう。ただし、落選してもガッカリせずに、「老人の性慾/ハウ・トゥ・セックス」といった本を書けば、案外売れるんじゃないか。若い娘にアプローチしたいスケベ爺が他にも沢山いるだろうから。テレビ局に支持された鳥越とは違って、桜井氏はたとえ落選しても功績を残すだろう。それは勇気を示せば賞讃する日本人がまだ残っている、ということを他の政治家に教えたからだ。

民衆はゴマを擦る卑屈な政治家より、国民を叱責する凜々しい候補者を尊敬する。本来、政治家が有権者にお願いするんじゃなく、国民が候補者に皆の衆を代表してくれ、と頼むのが筋だ。初めて帝國議会が開催されるという時、各地の国民は自分たちの代表者として恥ずかしくない議員を選ぼうとした。

中には、拝み倒して無理矢理あるいは半ば強引に候補者となってもらったケースもあったらしい。揉み手すり手で当選した者なんか、議員報酬や政治活動費で私腹を肥やすのが目的なんじゃないか。舛添みたいなのが普通である。少年ジャンプやエロ本だって政治活動に必要だ、とぬかす奴がほとんどだろう。SMクラブに通っても、政治の議論をしたから経費として認められる、なんていう言い訳はふざけている。

我々は情熱がほとばしる政治家を選びたい。国益のためなら、朝鮮人を恐れぬ国士を代表者にしたいのだ。桜井氏が敗れても、それは敗戦ではない。それは戦場で突撃する兵隊が、敵の弾に当たって散華しても、犬死にではないのと同じことである。潮流を変えようとする者は無傷では居られないのだ。

かつてヘーゲルはナポレオンを見て「世界精神(Weltgeist)」と称したが、我々は桜井氏を見て「民族の精神(Volksgeist)」を感じたのである。今回の選挙演説で日本人が日本人の意識を覚醒できたのなら、桜井氏の勝利ではなかろうか。先覚者がいつも栄光に包まれながら凱旋するとは限らないからである。


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by kkagayaki2 | 2016-07-30 13:56 | 護国部屋 | Trackback | Comments(0)