こりゃ、ダメだわ!最初から日本人差別じゃない?

とにかく在日の意見しか聞く気がないのね。
このブログでの記事の通り結論ありきなんだ。
自民党は日韓議員連盟を後生大事にしているし、日本人よりあちら側なんだね。
日本ってもう乗っ取られてしまったんだわ。どうりで西田議員への批判が出回ってる
と思った。
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☆ヘイト規制法案と議員の視察

日本国にあって第一義的な「日本人差別」の定義!

 公明党をはじめ、ヘイトスピーチ規制法案を作成中の参院法務委員会の議員らが神奈川県川崎市内を視察。

 参院法務委では野党提案の人種差別撤廃施策推進法案を審議中で、与党はヘイトスピーチを定義することに的を絞った対案を検討していると言う。

 同委員会の魚住裕一郎委員長(公明)は報道陣を前に「現場で立ち上がっている人を支えて、根絶を目指したい」と話したが、法律作成を前提とした視察は東京・新大久保における構図とまったく同じである。

:関連エントリー

2015年10月27日 「ヘイト規制法案への反撃
http://blog.livedoor.jp/samuraiari/archives/51996280.html

 同市内の在日系住民に「デモ参加者はどんな人たちか?」と尋ね回っている時点で話にならない。これほどヘイト、ヘイトと騒がれている状況にあって、それが本当にヘイトスピーチ・デモと言われるような代物なのかを自分の目と耳で確かめ、そのデモの様子を直に見るなり、デモ参加者の側に接するなどして双方から話を聴こうというスタンスにはない。

 問題とされる地域で在日外国人の意見にばかり耳を傾け、まるで最初から「結論ありき」と言わんばかりではないか。

 そして何より、「何故にヘイトと言われる動きが起きているのか?」、その原因を突き止めるなり、物事の大元を正そうというスタンスにないのである。

 ヘイトスピーチ批判の槍玉にあげられる京都・朝鮮民族学校(正門)前での抗議行動にしたところで、朝鮮学校が隣接する『勧進橋児童公園』を不法占拠してグラウンドとして不正使用していた問題を黙認するかのように、行政が数十年間に渡って放置してきたことにある。

 抗議行動の結果、逮捕者を出したり、訴訟沙汰に発展するなどのゴタゴタもあったが、そのお陰で児童公園は解放され、整備されるに至った。

 大きな成果であり、有罪判決や賠償等で多大なる犠牲を払った関係者に対し、かつて京都朝鮮学校の問題で共に戦った一人として篤く御礼申し上げたい。

 在日朝鮮人による犯罪と治安の悪化、数々の反日行動がなければ、そもそもそれらに対する反発も起きていない。その物事の大元を正さずして、単に表層的なデモ行動のみを規制しても根本的な解決にはならないだろう。

 よく「行動する保守運動」系の右派市民デモについて「ガス抜きだ」として非難する向きも強い。言論・表現の自由に基づき、公安条例の許可において行なわれているデモが規制・弾圧されると、今度は本当に戦前社会と同様、非合法な手段でしか意思表示する手段がなくなってしまうのである。

 今回の参院法務委による川崎視察においても、在日系をはじめ「怖い」「殺されるかも知れない」といった住民の声が出ているようだが、彼ら在日社会こそは自分たちの同胞がその怖い、殺されるかも知れないという恐怖心を日本社会に与えてきたとして自制、反省しなければならない。

 ただヘイトこそが問題だとして日本社会を責め立てるばかりでは、彼ら在日社会にとっても根本的な解決にはならないだろう。

 今はヘイトスピーチが怖い…嫌だ…と言っているだけで済むかも知れないが、近未来的にはこれがテロが怖い、嫌だと言うようになるかも知れない。

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画像:川崎市内での視察では「在日の巣窟」とされる桜本での実態調査(?)が行なわれ、画像には有田芳生(民進党)のほか、よく知られた顔の自民党議員も写っている
 
 務委理事の西田昌司参院議員(自民)は「野党から法案が出ているが、表現の自由との兼ね合いが難しい。与党としてはヘイトスピーチに特化し、これを根絶させる法案を出したい」と述べたが、是非とも正しくヘイトスピーチを定義して頂きたい。

 日本人の側が絶対的にヘイトスピーチの加害者で外国人は必ずしも被害者だとか、マジョリティの日本人に対してマイノリティどころか部外者にしか過ぎない外国人を庇護するためだけの法律では将来的に大きな禍根を残すとともに、大きな混乱ばかりを引き起こす。

 むしろ、宗派別・人種別に顕著なことだが、マイノリティこそがマジョリティを支配・抑圧するようなことが行なわれてこなかったか、人種間での隔離政策が実は人種間での住み分けだったのではないかなど、各国の状況も踏まえて理知的に定義されることを望む。

 確かに参加者の意気が高揚したデモ行進にあって、中には少々過激で乱暴な言い回しもあったことだろう。だが、それも日本人の憤りが突飛な形として噴出した一過性のものに過ぎない。

 「死ね!」「殺せ!」の類は一種の群集心理で口をついて出たものである。日本人の怒りが少々荒っぽい形で表現されたからといって、それがデモ行進の主たるスローガンではない。
 デモ行進の一つひとつには民族問題や領土問題、時局問題などのテーマが掲げられており、死ね、殺せ…といった端々の部分のみを捉え、さも全体像であるかのように喧伝(けんでん)することこそ日本人の言論を封殺しようと目論んだヘイトスピーチに他ならない。

 日本人の側こそ権利を侵害される、迫害される、危害を加えられるという恐怖心から反撃手段としての死ね・殺せコールが飛び出たものである。その軌道修正を図る向きに対し、ひたすら「謝れ!」「謝って訂正しろ!」と迫る向きもあるが、このように謝罪、屈服させることで右派デモそのものを封殺しようとする向きには絶対に与しない。

 大阪市で制定されたヘイトスピーチ規制条例をめぐり、しばき隊関係者などカウンターと称する妨害勢力と行動する保守運動関係者の討論会(大阪市内で開催)を直に見聞きしたが、まずカウンター側には建設的な議論をしようという姿勢が微塵もない。話し合いにもならない。

 とにかく在日を批判する右派デモ、在日批判に繋がりかねない右派デモの全てを封殺し、潰せれば良いというのが彼らのスタンスなのだ。こういう連中に如何なる正論を説いても、如何なる学術的な統計を用いても馬の耳に何とやら…。

 ネット右派層の中にも突飛な「在日論」を妄信して行き過ぎた言動はある。死ね・殺せコールではないが、そうした行き過ぎた言動があれば、それをヘイトスピーチであるとして断罪するのは構わない。

 だが、同時にヘイトスピーチとされるデモが台頭するに至った端緒と言うべき在日による蛮行、在日による反日行動、在日による犯罪、在日による日本人への敵がい心と差別意識…こうしたものもきちんと「日本人ヘイト」「日本人差別」として断定されるよう正しい定義をお願いしたい。

 ヘイト規制を求める在日系住民からは「ヘイト・デモ以前より差別に晒されてきた」という主張と同時に、「日本社会との共生を望んできた」「日本社会で仲良く暮らしてきた」として、やたら日本社会との共生・共存を主張する向きがある。

 しかし、例えば外国人参政権の問題一つとっても、在日の「外国人」でありながら、日本人と同等の権利を主張すること自体が日本人への差別であり、(当たり前のことだが)同等の権利を与えられていない事実を以って「差別だ差別だ」と騒ぐような低次元な差別被害の主張には、日本政府として絶対に与するようなことがあってはならない。

 在日外国人であるがゆえに、こと日本国においては如何なる権利も主張しない、日本人と同等でなくて当たり前、それどころか日本に暮らしていることが当たり前だと思ってはいけない…という正しい共生、正しい共存の在り方をまず日本国として在日社会に徹底させることがヘイト規制法成立の大前提でなければならない

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民主主義の国で、自国の国民の声を聴こうともしない与党、

日本を取り戻すなどと嘘八百の自民党、何が民主主義だ、

アメリカだけではなく、朝鮮人にもシナ人にも支配されてしまった。

大多数の日本人は未だ気づいてはいまい。

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by kkagayaki2 | 2016-04-03 22:26 | 護国部屋 | Trackback | Comments(0)