安倍談話 小坪慎也 行橋市市議会議員の分析

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行橋市市議会議員 小坪慎也氏のブログからの転載です。
https://samurai20.jp/2015/08/abedanwa/
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全文をじっくりお読みいただいた上で、小坪慎也の分析もお読みください。
転載致します。

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重要なポイント

何点か、重要なポイントがある。
意外に見落としがちな点もあるため、まとめてみた。


謝罪は辞める。

>あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。

この一行に、すべては集約されるだろう。
非常に高度なレトリックであり、サヨクやメディアに「配慮」しての、全てのワードを散りばめつつのテクニックであった。


言葉の無効化

今まで村山談話を始めとして、左派の政治観で語られてきた「言葉の定義」を崩すことに成功している。
特定ワードらを用いる必要があったのか否かは、私自身、回答を持たないが、
少なくとも言えることは「今までサヨクが使っていた言葉」の意味が変わることだけは事実だ。

上書き、リライトと言ってもいい。
この効果は、いまはわからない方も多いと思うが、「安倍談話をソース」とすればするほどに効果が出てくるように思う。


和解のアピール

戦前の世界観で言えば、米国と日本は敵国である。
実際、ひどいこともされた。

私としては忘れるつもりはないが、
しかし、それが友好の障害になるとは考えていない。
それが70年の時の流れの「明るい面の成果」であると信じたい。

本談話には、戦前・戦中における「敵国との和解」が随所に散りばめられている。


これで終わり

対中国、対韓国のみで「終わり」と取るべきではないだろう。
「これで終わり」と発信した対象は、欧州圏や米国に対しても言えることである。

日本は真の独立国であることを、戦勝国に向かって宣言しなおしているように感じた。
本当の意味での戦後の終焉を飾る言葉、国としての声明ではないだろうか。


保守思考の強い者からの懸念

余計な言葉が多々あるという点。
それは事実、そうだろう。


嫌な言葉

私自身、必要だったのかな、と思う言葉はある。
正直、「嫌だな」って思った部分はあるのだ、私人として述べるならば。
ただし、政治家として読み解く場合、必要性も同じく感じる。


慰安婦について

明言こそされていないものの、触れてはいる。
私人としての私は「そんなの必要ない!」と叫ぶが、
政治家としての私は「致し方ない」と理解も見せる。
この両者は、共に成り立つと考えている。

ようは、海外においてそこまでロビー活動を進められてしまった結果なのだ。
本当に「終わらせる」ためには、韓国を納得されるためではなく
欧米、言い換えれば、戦勝国らの「納得」が必要なのだ。

そういう状況にあることは、残念ながら認めざるを得ない。
朝日の誤報、従軍慰安婦の虚構を放置しすぎたツケだ。


敗戦国として

この文章は、どう見ても「敗戦国」として書かれている、私はそう感じた。
どことなく悔しさを感じたのは私だけだろうか。

仕方ないのだ、事実、我々は70年前、敗戦した。
その上で語られる以上、ポジションが「敗戦国」としての言葉であることは、致し方ない。
悔しくとも、それは政治的な背景として理解はしたい。
この点を認めるだけであれば、納得はできないが。
別の意図と目的を感じたゆえ、理解はしたい。


国のまつりごと

国会議員らで構成された内閣であり、そこには明確に外交が関連してくる。
地方議員である私は「国民・有権者に対して」の言及が主となるが
国としての動きは、他国を見据えたものであるべきだし、事実そうなっているように思う。

敗戦国である我が国が、その上で戦争をした「当時の敵国」に対して述べている言葉。
そう認識すれば、理解が早いように思う。
強い保守思考を持つ者たちの懸念は、
もっと言えば、苛立ちは、
恐らくこの部分から来ているのではないか。
(少なくとも私はそうだ。)

なぜ、必要なのか。

物事の筋道として、これが必要であった。
飾りとは言わないが、「戦争は本当に終わりだよ」「戦後も終わりだよ」と述べるにあたり、
嫌々というわけではないが、事実は事実として認めねばならない。

なぜ必要だったのか。
2点に渡って、その理由を触れたい。


謝罪は、ずっとするものではない。

冒頭の部分である。
私は、これを「日本国民のみに向けた談話」とは思っていない。

「戦勝国に向けて」「韓国らに謝り続けるのはおかしいと思っているよ、日本は」というメッセージに思えた。
外交的な武器、メッセージであり、談話の届けられた先が「日本国民ではない」という観点で読めば、様々な理解も進むように思う。


植民地について

これは、本当に踏み込んだと思う。
戦勝国らに対し、「あんたら、植民地政策しよったやんか!」というパンチである。
我が国の戦争の正当性が論じられる際、最も重要な部分となるだろう。
現在の、人権における考え方などにも影響してくる部分である。

逆に言えば「植民地政策について」や「輸出入の制限」に対して述べるにあたり、
敗戦国である我が国が、当時の戦勝国らに対して述べるにあたっては
かなりの「お膳立て」が必要であったと考えている。


談話の捉え方

日本国が、その代表である総理大臣が、談話を出す。
それはもちろん日本国民に向けて語られるべきなのですけれど、これは「外交的な武器」としての側面が強いように感じた。

繰り返しになるが、いまだ延々と「敵方の武器」として使われる村山談話や河野談話。
ここで使われている言葉の定義をすり替えることで、リライトし上書きすることで、一気に無効化していくこと。

戦勝国である欧米列強に対し、敗戦国としての物言いではあるが「戦後の終わり」を告げる文書。
その中には「輸出入などでの経済的な追い込みへの批判」「植民地政策への批判と解放・独立」が含まれ、かつ「いつまでも謝罪はしない」とメッセージを送る。

やはり対象は、日本国民のみとは思えない。
外交的な武器の側面が強いように思う。


今後の左翼・メディアの動き



そんなに難しいことはしてこないだろう。
ある意味では「いつも通り」である。

偏向報道を行ってみたり、歪めてみたり。
一部をトリミングして切り取ってみたり。


メディアによる攻撃

何パターンか想定される。
一つの可能性であるが、「談話への攻撃」である。

談話は良くない物として、例えば「中国様や韓国様が納得しない」という形で「懸念される」「懸念される」「懸念される」と延々と繰り返すというもの。

事前にネットで「全文が拡散」され尽くしておれば、恐らくメディアは迂闊には動けない。


トリミングして歪める。

例えば、「従軍慰安婦について論拠を固める談話だ!」として、
村山談話や河野談話の「仲間」として報じてしまうというパターン。
私はこちらの可能性のほうが高いように思う。

安倍談話は「言葉の定義のやり直し」が高次のテクニックとして含まれているため
今後の「我々の武器」となるはずなのだが、

「お前ら(保守層)の武器じゃない!」
「私たち(左派陣営)の武器だ!」と叫ぶというもの。

こちらも全文が拡散され尽くしていれば、効果は相当に薄れる。

談話について触れない。

3つ目の可能性。
あれほどに連日連夜「安倍談話、安倍談話、安倍談話」と報じまくった上で、ピタッと報じるのをやめる可能性。

まさか?と思う方もいるかも知れないが
ある意味では「いつもの動き」である。

都合が悪ければ、報道しない自由である。
こちらに対しての対策も、徹底的に「全文を拡散」しておくことだ。


政権批判

3つ目の可能性との合わせ技になるが、、、
安倍談話はスルーしたうえで、「何か悪いことはないか」と探しまくる。

古くはカップラーメンの値段で暴れまくったメディアである。
何をしてくるかわからない。

捏造してでも、何らかの攻撃をしてくる可能性は否定できない。
別角度からの攻撃も視野に入れておくべきだろう。

この対応も「安倍さんは、こんな素晴らしいことをしたから、メディアに叩かれてるんだよ」とできるよう、
【全文の拡散】を行っておくことが対策になる。

結論としては、全て同じ対応なのだが

本談話は「多くの人の目に触れること」で意味が出てくる。


どちらにせよ、拡散しかないわけだが

恐らく、読者の皆様も効果をなめている。

「なかったことにできない」という意味で

偏向報道へのカウンターとしては、異常なまでに強力な効果を発揮するのだ。


逆に「ネットのない状態」では、この談話は出せなかったと思う。

私は、安倍首相ではないが、仮に私がその立場であれば、情報ツールの発展を念頭に置いて動いたと思う。

談話の解釈も色々あっていいと思うが、

対メディアという意味では、周知しておいて損はないように思う。

以上の理由により、本サイトでなくてもいいので、【談話の全文】を徹底的に拡散して頂きたい。

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by kkagayaki2 | 2015-08-15 02:31 | 護国部屋 | Trackback | Comments(0)